大澤くん
高校1年のとき学校からオプションツアーとしてのスキー旅行があった。
それはぼくがまだ、プルークボーゲンオンリーの滑りから脱出しきれていなかったころ。このころはスキー人口も少なく、学校でツアーが企画されても一学年500人からいた学校でも参加者は40人くらいしか集まらなかった。で、なおかつ親にスキーに連れていってもらったことのあるぼんぼんなどもまだきわめて少なく、すなわち大半がスキー未経験者であるなかで、ぼくは上から10人ほどの「スキーが一番うまいグループ」の1班だった。
弟や妹とともに親に連れられて回数を重ねたスキーで、それまで他を意識することもなく、純粋に雪の上に立つ喜びだけにしか目が向かなかったのが、そのスキーで、そのとき初めて「技術」を意識した。だって、みんなぼくよりずっとうまいねんもん。。。ぶわーっと雪煙をあげて止まったりして、そんでそれが何でもない事かのように「どこすべってたん?」とか聞いたりしよる。
あぁ、えーなぁ、くそ。、、なんか悔しい。
だいたい、スキーをはじめて、なんとかかんとか滑れるようになると、次は「足を平行にざっと押し出す」ということが大きな目標になってくるでしょ?とにかく足を平行にして横に蹴りだしたときは雪煙があがってたりしていて、カッコイイー、、とか思ったりするやん?
で、この時初めて「ぼくもあれがやりたい、絶対うまくなりたい」と思ったのだった。
この時の付き添いの体育の教師は「指導員を持ってるらしいで」とかで、噂の的やったけど、超緩斜面の小さな溝を飛び越え損ねてたった一度大転倒してた現場を見てしまって、「ぼくはあそこではこけへん。技術的にそんな開きも無いのかもしれない」と感じたりで、そのときは妙にうれしかったりしたものだ。
一緒に1班にいた大澤君は、よそのクラスだったけど、このスキーのときから妙にウマが合った。高校時代、彼とはついに同じクラスになることはなかったけれども、いつも顔を合わせばスキーの話をし、そしてお互い心の中では「あいつにだけは負けへんぞ」と思ったりしていた。最初のスタートは明らかにぼくの方が負けていたわけだけれど。
いまどうしてんのんかなぁ?
「高槻電機製作所の大澤くーーん」